時空を超えてー春男の雑記ー92 犬も歩けば

◆「吾が泣くを乙女ら聞かば山犬の月にほゆるに似たると言ふらん」石川啄木の歌である。家の裏の方で、時々ウォーウォーというかなり大きな犬の遠吠えが聞こえる。聞いて見ると、犬の訓練士の養成学校ができているのだ。近頃犬を飼う人が急速に増えたので、こう言う職業が成り立つのであろう。私も時間があればよく街中を散歩するので、色々な犬と出会う。そこで仔細に観察すると実に面白い。神経質、臆病、甘えん坊、図太くて全然こたえないのと色々種々雑多である。

◆周防町筋の堀江公園の前に、車関係の余り大きくない一面ガラス張りのきれいな店がある。入り口に中型の薄いベージュ色の犬が何時も大人しく座っている。二、三日前、この前を通るとホームレスのオッチャンが、笑顔でコイコイをやっている。犬は顔を横へ向けて、視線が合わない様にそのくせ気になるのか目だけでそろっと見ている。ここらは本当に人間と変わらない様だ。

◆通りを歩いていたら紀州犬位のが追い抜いて行く。大体犬はあっちの電柱、こっちのゴミ箱とふらふらと歩くのだが、この犬は真っ直ぐにとっとと歩いて行く。まるで「私は用事を一杯抱えてるんで忙しゅうてよそ見をしてる暇なんておまへん」と言わんばかりの態度。つい悪い癖が出て、トンコ、トンコ、トン、トンコ、トンコ、トンとリズムを取って見た。そしたらどうだ、その犬はパッと立ち止まって振り向くや否や強烈に吠えるではないか。「分かった分かった、さっさと行けよ」と言うと「ほんまに仕様のない奴や」と言う様な顔をして又トコトコ歩き出した。もう一度やってやれと思って又トンコ、トンコ、トンとやって見ると、やはりパッと止まって振り向くと「もうええ加減にしろ」とばかりに吠え立てた。之にはいささか驚いた。私の取ったリズムではおみ足のテンポに合わなかったのであろう。

◆堀江地区では、子熊位もある白むくの大きなセントバーナードが歩道をぼさぼさと歩いている。この犬は恐らく自分は人間様と同格だと思っているのだろう。向こうは平気ですれ違うのだが、こちら人間様はやはり恐ろしい。ウカッとしていて突然すれ違うとギョッとする。そしてその犬と平行してよく黒い外車が車道を走っている。

◆ある日、事務所の前をその犬が歩いているので、ああ又通っているなと見ていた。暫くすると、台所から家内の悲鳴が聞こえてきた。何があったのかと行って見ると、あの大きい犬がデンと台所に座り込んでいるではないか・・・。犬もたまには他家の台所も見たいのだろうが、入り込まれた方はびっくりする。

◆1人暮らしの老人に犬を可愛がる人は多い。人間は裏切るが、犬は絶対裏切らないと言う。然し犬は何もしてくれない。それでも犬の方が良いと言う人はかなりいる。信義が地におち、人間より犬の方が信頼できるとは、難儀な世の中である。

(平成12年5月5日)