時空を超えてー木々高太郎の雑記ー⑰おしょうらい

◆「さむさのはても おしょうらい」天王寺さんの四月二十二日に行われる法要を昔からこう言っている。この日がくると寒さも本当に終いになるのだ。信じない人など一人もいない。そこで少し私の知っている事を書いて、皆さんの信心心(こころ)なんなんの野次馬心を煽って見たい。

◆場所は天王寺さんの私達木材業者には大変ゆかりの深い舞台講の石舞台の上で、昼一時過ぎから大体陽が暮れるまで行われる。

◆法要は千年以前より伝わる四箇法要で行われるが、今回は善男善女が興味をそそられる様な事を書いてみようと思う。

◆先ず行列が舞台に入ってくる。紫の衣冠束帯の長者が舞台上で祝詞(唯ウーッと云うだけ)を奏するが、この長者になる人は玉造さんである。千年から続くお家柄である。行列に出てくる菩薩の面をつけた人は、西門の前の古い仏壇屋の頓名のご主人で、これも大概古い様である。

◆石舞台の四隅には高さ五、六米以上もある曼珠沙華が立ち、二米以上もある様な大きな真っ赤な丸い球状の花が付いている。そしてその華に突きさされた竹には燕がぶら下がっている処は何とも云えない。舞台の下座の左右には、五米はある火焔太鼓が座っていて、とてつもない大きな音を響かすのだ。

◆法要の進行の合図は、舞台の下にたつ鐘を、役僧に抱えられた長者の子供がたたく。鐘の高さは二米以上、直径は五十センチ位はあり、右大臣秀頼と銘が刻まれているのだから、そんじゃそこらの鐘ではない。因に天王寺宝物館には、重要文化財の装束等があるが、秀頼公寄進にものが多い。

◆一時過ぎから、次から次へと法要と舞楽、之は余り私達と縁のないものだが、美しい装束を付けた舞人が舞楽と云う舞台にずらりと並んでお経を唱える。この場合、お経にはちゃんとふしが付いているのである。

◆この日お参り来た人は、お寺参りと、有難いお経と、庶民には普段見る事の出来ない舞楽が楽しめるのである。

◆仲々昔の人は良く考えたもので、”さむさのはてもおしょうらい”には一家揃って弁当をもってお詣りに来たようである。今はその割に人も少なく、境内にある天王寺高校の学生が駆り出されている。

◆どうぞ皆さん、毎日を忙しく暮らしておられると思いますが、半日ここへ来て、何百年か前の人になってみませんか。舞台の上では千年も前から伝わったお経を唱え、優雅に舞われています。長生きしますよ。

(平成9年4月15日)