時空を超えてー春男の雑記ー117 三年寝太郎
◆こう暖かくなると我が家でも炬燵とは左様ならをした。又寒くなる十一月頃まで、しばしのお別れである。寒い冬の一日がすぎて、夕食に湯豆腐で一杯、熱燗にしてやりだすと、一合では寂しいので、もう少し呑んで二階へ上がる。取り敢えず炬燵に足を入れて横になるともうお終いである。瞬間、先に蒲団を敷いておこうとも思うのだが、矢張り足がホコホコと温かくなると炬燵の誘惑には勝てない。世の中にこんな結構な物は無い。これを極楽と言うのだろうかと大体二時間位は寝てしまう様だ。
◆どうにもならないのは休日の朝である。先ず六時ごろに何時もの様に目は醒めるのだが、寝返りを打つたびにそのままの恰好で又寝てしまう。そのくせ頭の何処かでは早う起きて朝飯を食べないとすぐに昼になるから体に悪いなんて事をずっと考えている。随分と変な話だが真剣なのである。世間には随分似たような人がいるもので、5月19日の日経新聞の夕刊に、穂村弘という歌人が「まだ眠っている」と題して面白いエッセイを載せていた。
◆『私はベッドに寝転んでしか本を読めない。電話も着替えも菓子パンを食べるのも全部ベッドでするのだから、読書がそうなるのは当然だ。少しでも楽な方へ楽な方へ流れるのである。結果的に部屋にいる間中殆ど眠ってばか
りいる事になる。本を読むより漫画を読む方が楽だし、漫画を読むより眠ってしまう方が楽なのだ。睡眠が足りていても眠ってしまうのだ。良く寝てすっきりしたから遊びに行こうと言う気持ちになれないし、枕から少し持ち
上げた頭をバタッと落としてそのまま眠ってしまうその後ろめたさ、心地よさ。』
◆『休日の朝、電話が掛かってくる。受話器を取って耳に当てると「まだ眠っているの?外はいいお天気よ」…ベッドの中で目を閉じてその声を聞いていると涙が出そうになる。「昨日遅かったの?」「いいえ…。でも僕は遅くても早くても関係なくいくらでも眠ってしまうんです。異常体質なんです。三年寝太郎なんです。」「寝太郎さん、今晩一緒に御飯でも食べましょう」くすくす笑って電話が切れる。私はひどく安心して笑顔のまま又眠り込んでしまう。私はこの世に眠るより楽な事が無くて良かったと思う。もしも眠るより楽な事があったら間違いなく私はそれをするだろう。また、今ここに一回押す度に眠りが深くなるボタンがあったら、私はそれを押し続けるだろう。深い深い眠りに落ち乍ら指先だけが押し続けるだろう。』…実に立派な寝太郎像である。
◆昭和二十年の夏、突如東満に侵攻して来たソ連軍に虎頭要塞周辺の部隊は桟を乱して敗走した。一応は新京へ下がれと言われ、ある晩部落へ入ると住民は誰も居なかった。そこで今晩はここで野営と言う事になり、私は一人の兵隊と、軒に積み上げられた藁の中にもぐると一瞬のうちに寝てしまった。ふと目を覚ますと、日本の兵隊は自分等二人だけで、あのチャッチャ、チャッチャと言う中国語が聞こえてくるではないか。二人の口から期せずして「しもた!」と言う言葉が飛び出した。
◆二十才迄の人生でこれだけ寝込んだ事を瞬間ではあるが後悔した事はない。その私も今では誰はばかる事無く三年寝太郎を決め込んでいるが、今さら生命にかかわる様な事はよもや起こるまい。
(平成13年6月5日)

