時空を超えてー春男の雑記ー77 骨のうた
◆一文無しで女房に放り出された男が死神に出合う。「お前なんぞ未だ死なないよ。俺が金儲けの方法を教えてやろう。医者になりな。病人の家に行くだろう、死神がいるよ。足元におれば追い払えるよ。それで病気は治るんだ。だけど枕元にいる時は之は駄目だから帰って来な」と、呪文を教わって医者を開業するのだが、元々遊び人のなまくらな男だから、金がたまると物見湯山に女と出掛けてしまった。
◆“座して食らえば山も空し”まして元手要らずのボロ儲けの金。見てる間に無くなるわ、女に逃げられるわで素寒貧になって又江戸へ帰って来るそこで死神に出合い、今後は死神の杖にすがって奈落へと連れて行かれるのである。
◆そこに立ち並ぶローソクの中で、今正に消えんとするローソクを死神にあればお前なんだと教えられる。病人の枕辺に座る死神、人の一生を暗示するローソクの焔、昔はこうしてどうにもならない人の寿命、そして運命を教えたのである。
◆黄金の茶室に大満喫の秀吉と侘びだのサビだのと言う利休とでは合う筈はない。一条戻り橋のたもとに利休は獄門にかけられる。天正十九年(1519)二月二十五日、死に当たり利休は、遺偈と和歌を残している。
人生七十 力囲希咄 吾がこの宝剣 祖仏共に殺す
「提ぐるわが得具足の 一つ太刀 今この時ぞ 天に抛つ」
茶人と言うか文化人の遺偈としてはもの凄いとしか言いようがない。胸いっぱいの鬱憤をこの位見事に表現したのは珍しい。
◆八月十五日の朝日新聞に竹内浩三と言う詩人の「骨のうた」が出ていた。
戦死やあわれ
兵隊の死ぬるやあわれ
とおい他国でひょんと死ぬるや
だまって だれもいないところで
ひょんと死ぬるや
ふるさとの風や
こいびとの眼や
ひょんと消ゆるや
国のため
大君のため
死んでしまうや
その心や
白い箱にて 故国をながめる
音もなく なにもない 骨
帰っては きましたけれど
故国の人のよそよそしさや
自分の事務や 女のみだしなみが大切で
骨を愛する人もなし
骨は骨として 勲章をもらい
高く崇められ ほまれは高し
なれど 骨は骨 骨は聞きたかった
絶大な愛情のひびきを 聞きたかった
それはなかった
がらがらどんどん事務と常識が流れていた
故国は発展にいそがしかった
女は 化粧にいそがしかった
ああ戦死やあわれ 兵隊の死ぬやあわれ
後略
◆骨のうたを友人に書き送って出征した竹内浩三氏は戦後二年目の六月、故郷の家に戻った。白木の箱には名前の書いた紙札が入っていた。この二つを書き並べた時、せまりくる死を考え憤り、又嘆き、悲しむのは人間丈が持つ業なのだろうか。
(平成11年9月5日)