時空を超えてー木々高太郎の雑記ー㉖糸とんぼ

◆今NHKで放映中のドラマ「大往生」の中で平成の貝原益軒先生こと、作者の永六輔さんは、老人はこけない、風邪をひかない、食べ過ぎないを守ると少なくとも十年は長生きできると云っているが、なんとも有難いことである。私などは先生、肝心なのを一つ忘れていませんかと云いたい処である。

◆先日の朝日新聞の卓上日記で吉村昭氏が書いていた。「病は気からと言う昔からの格言は大原則だ。精神的なものが病気に大きく影響し発病をうながしていく重要な要因になっている様に思えてならない。そうしたことを私は充分意識し、自分のいましめとしている。生活に波風の立たぬ様に日頃から心掛けている」と。

◆全く同感である。私は夜は寝つきの悪くなる様な話は絶対イヤである。吉村氏は更に先程の永六輔氏が言わなかったお金に言及している。お金は生活上重要な意味を持っているが、自分が働いて入ってくるお金で満足すべきである。汗水流さずに金を得ようとするから恐るべき落とし穴に落ち、耐え難い精神的な苦痛を味わされることになる。

◆金に目のくらんだ人が金に苦しむ例は、毎日配達される新聞に幾らでも載っていると喝破している。この人の論法は見事で、働いて入ってくる吾が甲斐性丈で心安らかに生活しなさい、そうすれば長生きしますよと言うことである。

◆青木新門さんという方が、自己体験から「納棺夫日記」を発行している日常的に接する死者の顔が一様に安らかなことにある時気づくのである。そしてその人達の生前の生き様に関係なく安らかな顔を見て、親鸞上人の教えの「悪人往生す、いわんや善人をや」を知るのである。

◆青木さんは詩人でもある。納棺を済まし、手を洗いに下りた庭先で、弱々しく飛んで来た一匹の糸とんぼの体内には、卵がぎっしりつまっている。今納棺してきた人の死と、一週間程で次世代へ卵を残して死んでいくとんぼを重ね合わせて青木さんは感無量になる。

◆先日亡くなった勝新太郎さんの葬儀に奥さんの中村玉緒さんが”三途の川の渡し賃”として多額の札束を棺の中へ入れて送ったと云う。豪快な勝さんにふさわしいエピソードだ。三途の川とは人が死んで七日目に渡る川で、橋を渡るのは善人、一寸悪は浅瀬、大悪は激流で、その渡し賃が要るのである。昔から大体六文と相場が決まっていた様だ。ある仏教学者は「一般論だが三途の川では、わいろは利きません」…流石、真面目なお方である。

(平成9年7月25日)