時空を超えてー木々高太郎の雑記ー㉞秋です 紅葉で一杯

◆一段と空が高くなり、鰯雲がたなびくと、いよいよ秋が深くなる。行きつけの花屋から糸菊が入ったと言ってきた。大層な話だが去年はとうとう手に入れることが出来なかった。花屋に菊が出てきたら秋も本番だ。

◆新聞では東北辺りの紅葉前線の西下を伝えている。何年か前の十月の末に新穂高、上高地を尋ねた事がある。一日目は飛騨の高山から平湯を経て新穂高に入った。

◆翌日は霙(みぞれ)まじりの時雨である。バスに乗って驚いた。平湯までの間の眺めが昨日と全然違うのである。一夜にして道の両側の木々が見事に紅葉しているではないか。バスは安房峠中の湯を経て上高地へ入っていく。

◆11月の初めにクローズされる上高地は今や人影もまばらで、しんしんと霙まじりの粉雪が降り、木々の紅葉は一きわあざやかに色づいていく。ホテルのロビーには山小屋風のジョウゴの様な大きい暖炉が天井から下がっている。このホテルはロッジ風というのか角材を横に積み上げて出来ている。

◆田代橋から梓川の向こう側を河童橋の方へ上がる。澄んだ湧き水の中へ倒れ込んだ朽ち木が古代そのままの姿をして眠っている。明治の初め、この上高地を世に紹介したイギリスのウェストン卿の顕彰碑があった。そこを上へ登るのである。向こう岸は唐松が真っ黄色に紅葉し、うしろの山の緑に映える。

◆河童橋は梓川にかかる余りにも有名は橋である。然し、この二十間足らずの橋が上高地では随一のアルプス展望地である。正面に穂高連峰、ズバッと突き立った明神獄、そして坊主頭の様な焼岳が一望出来る。橋の下にはせせらぎの様な梓川が静かに流れてゆく。

◆唐の詩人はうたう。林間に紅葉を焼いて酒を燗むのが酒飲みの最高の境地であると・・・。平成の詩人にはさっきから電話がかかっている。
”あさってアベノの上で待ってまっせ、ハゲ天でっせ!”
ああ現代社会では詩人はビルの11階から、西方浄土に沈む夕陽を見ながら盃を交わすのである。

◆街には街の憂いあり皆夫々に一時を傷をなめ合いながら過ごすのである。七十、八十と節目節目のハードルを越えた吾々四人、何を思い何をわずらい林間に紅葉を焼いて酒を燗めるのであろうか。

(平成9年11月15日)