時空を超えてー木々高太郎の雑記ー㊵風土記(三)昔は人の隣に神がいた

◆茨城の里、今の茨城県内原町、友部町の辺である。ここから北に「くれふしの山」と云う高い丘がある。土地の老人が物語る。

◆昔二人の兄弟がこの里に住んでいた。兄の名前が奴賀比古(ぬかひこ)、妹は奴賀姫(ぬかひめ)と言った。年頃の奴賀姫は
清楚で充分美しかった。部屋にいる姫がふと気づくと、背の高い気品のある男の人が立っていた。この里では今まで見た事のない人で、当然名前もわからない。

◆それがこの時を境に繁々と訪れて来る様になった。然し昼間は物を言わず、大抵は夜に来て、陽が上ると帰って行くのである。
これは後世平安時代の、妻問いと言うか、通い婚でもある。

◆そして男の求婚(よばい)を受け入れて、姫は夫婦と成り、一夜で身籠るのである。月満ちて姫より生れ出てきたのは、小さな美しい一匹の蛇であった。

◆それは父親と同じ様に昼はひと言もしゃべらず夜になると母親に語りかけるのである。ここに至って兄弟は、この蛇は神の子
であると悟る。

◆夜は清浄なかわらけの杯に蛇を入れて盛り、祭壇を設けて安置した。然し一夜の内に小蛇は杯にあふれ出る程大きくなり夜毎
に大きいかわらけの杯に取りかえるのだが、終いには入れてやる器がなくなってしまった。

◆母親は子供の蛇に向かって「貴男の器量を見ているとどうも人間界の人でもありません。また私達一族の力では養い切れませんので早くお父さんの住む神の国へお帰えりなさい。ここにいてはいけません。」と言って聞かした。

◆子供の蛇は風土記本文に依れば「時に子哀しみ泣き面を拭ぐいて答へらく」と古文にしては珍しく感情的な表現をしている。

◆「お母さんの言われる事は尤もな事です。その通りにしますが唯一つお願いがあります。私も子供ですので一人で旅は出来ません。どうか子供で結構ですから供を付けて頂けませんか。」と言った。

◆母は、お間も知っている通りこの家には私達兄弟しか住んでいないのに供をさす子供などはいないのではないかーとはねつけた。

◆言われて小蛇は恨みを心に抱いて一言も云わなかったが、立ち去る時に我慢し切れなくなり、雷の力を借りて兄奴賀比古を殺して天に登ろうとした。母は驚くとともに怒って、かわらけを小蛇に投げ付けた。かわらけに触れた小蛇は神通力を失い、天に登る事が出来なくなった。そして今もこの里の社に祭られていると言う。

◆太古は蛇は神であり、人になって里に出てくるのである。三輪伝説もこれに似ている。雷は荒ぶる神でもあり又鬼でもある。
そして清浄なかわらけの神通力、私達の先祖はこれらを信じ幸せに暮らしていたのだ。電気はなくとも昔は良かったのです‥。

平成10年2月20日