時空を超えてー木々高太郎の雑記ー㊺ 風蕭蕭として易水寒し

◆大廈の覆る時は能く人の力で支う可くもあらず、ここに資本金1266億円と言う巨大な証券会社が、なす事もなく潰れ去った。そこで働く社員さへも信じられない様な事が起きたのである。

◆先日NHKのTVで、「最後の100日・山一証券大阪支店廃業の記録」を放映していた。夜九時からの番組なので一人一杯飲み乍ら唯漠然と見ていた。外野にいる私達には、この一連の倒産のプロセス、そして結末は大変興味をそそるものである。

◆私達の商売をして行く上での心構えとは、大変違った世界であるとはかねがね思っていたが、先般来の新聞紙上、又このTVドキュメントを見て、余りにも前近代的なのに驚かざるを得ない。死者に鞭打つ事もなかろうと言われるかもしれないが、敢えて読者に問いたいと思う事がニ・三ある。

◆野球のペナントレースが始まり毎晩賑やかになって来た。ここで言える事は、野球の場合、今日のゲームは負けても明日又ゲームがあるが、商売には明日はないのだ。この事はわかっている筈なのに何故、山一の社長は、山一に対して何の責任もない役人の言に会社の運命を託したのか。

◆吾々材木屋が市場で原木を買って勝負する時は若しもの事を考え、全滅しない様に必ず控を買うのである。なんとか踏み止まれる手を用意するのだ。山一はどうして次の手、又次の手を用意しておかなかったのか、不思議で仕方ない。

◆そして大法人に対する損失補填が命取りになっている。法人の山一と言われただけに、ここは多少の損には目をつぶって、法人の機嫌をそこなわない様努めたらしいが、一方個人取引相手には、一任勘定で手数料の荒稼ぎをした様だ。

◆メリルリンチが山一証券二千人を引き取るという話が出てきて、東家部長が、先ず幹部からと言う事で上京、試験を受けるのだが、彼は従来の山一の営業方針と全然違うものを教えられてくるのである。

◆客を儲けさせなければ企業の明日はない。今日の株式の衰退は、過去の証券会社のこの姿勢にあるのではないか。之は吾々業界でも同じ事で、自分の店の品物を買ったお客さんが儲けて、次へ一歩踏み出してくれなければ、店の明日はないのである。

◆これは銀行にも言える事で、銀行が立ち直った頃には、お客さんは疲れ切ってしまい、次の又新しい頭痛が起きるのではないか。世の中で自分丈が美味しい事が出来るなんてことはないのだ、いくら賢くとも・・・。

(平成10年5月5日)