時空を超えてー木々高太郎の雑記ー③おつきみ

◆朝刊の各紙の一面に、新装なった大阪城の天守閣の上に懸る待宵の月の写真をのせていた。お月見の色々な行事があるので夕方早い目に住吉さんへ行く。

◆阪堺線住吉神社鳥居前で降り、正面参道を入ると、木材問屋住吉講と大書した石の灯篭が一対、一等場所にある。昔の木材商は随分力があったものだ。石灯篭の中には、高さが三十五尺、灯篭の笠の
巾が八尺もあるのがあり、今まで気にもしていなかったが、古今の名筆家が揮毫している。著名な人では、池大雅、頼山陽、富岡鉄斉などだが、江戸期の京大坂の書家が多い様で深堀りされた雄渾な、見れば見る程立派な字がある。

◆陽が落ちて太鼓橋の上の高提灯に灯が入ると献詠歌が読み上げられる。何人かの女の人が交代で御披露していく。入選作の天位は
”新しきたたみの匂ふ
縁側に 夏越祭りの
行燈つるす”
だった。

◆次は名物の住吉踊りとスピーカーで放送している。大変有名な踊りで、素朴と云うか子供が音頭取りの唄に合わせてスキップしながら前と腰の後で手を叩き合わせ輪になって踊る。あの格好は何かとたづねたら坊さんの旅姿だそうで、住吉さんには昔神宮寺という寺があってそこの社僧がこう云うことを司った様だ。

◆そしてこの踊りはもともと稲の虫追い厄払いの意味があるというから大変で、唄の詩も
”住吉様のイヤホエ あらおもしろの神踊り 天長く地久しく、天下泰平、国土安全、五穀豊穣、民栄え、治る御代の目出度さよ”と云う様な神様をたたえる祝詞がなされている。

◆この様な踊りを笛、太鼓等の伴奏もなしで一人の音頭取りだけで見せるのは大変難しい事と思うが、此処ではそれが何の抵抗もなく皆に見てもらえると云う事は、住吉踊りが郷土芸能として高い芸術性を持っているからだと思う。

◆最後には難波一の宮を誇る舞楽が二曲舞われるその頃には太鼓橋横の松の枝に仲秋の名月が顔を出す。

◆昔から良いのは雪月花と決まっているが、何事にも依らず条件がむつかしい様で、お月様も月にむらくもだったりで今年の様なのは十年に一ぺんの事だった。

(平成8年10月15日)