時空を超えてー木々高太郎の雑記ー⑳起て老けたる者よ

◆日曜日の朝食が済むと大抵九時である。習慣的にテレビの「題名のない音楽会」を見る。黛さんが亡くなり、今は永六輔さんが司会をしている。この前は追悼番組をやっていた。永さんはその筋(恐い方でなくお寺)の人だけあって中々上手である。「あの世とは、大変住み良い処らしい。それが証拠にまだかつて帰って来た人はいない・・・」これは大受けしていた。

◆先般、知り合いの葬式で四条畷の焼場まで行った。そこは新しい設備の整った美しい焼場だった。当方は浄土真宗で、いとしめやかにお別れ式をしていた。ところが突然部屋の外で、一斉に団扇太鼓が鳴り出した。指揮者の下、一糸乱れぬ迫力のある響き、そして鍛えあげられた朗々たるお題目を唱和する一人一人の自信に満ち溢れた顔、成程この迫力、法力で見送られた方は、一顧だにすることなく、真正面を向いたまま威風堂々あの世とやらまで行く事であろう。

◆昔、中国の杞の国に天が落ちてくると心配していた人がいたが、今では落ちてくるのではなく、天に穴が開くのを心配している。勿論この人達は吾々よりずっと賢い学者と云われている人々である。

◆吾々は吾々で又色々心配がある。がん、中風の予防に食物は三十種類、野菜を主体に魚は時々、肉は絶対ダメ、酒・煙草は金輪際やらないと決めれば、ある程度これらの病気は防げそうだが、どうにもならないのはボケの様だ。然し嬉しい事にボケ防止のノウハウが先日から新聞に連載され出した。

◆先ず、脳細胞は一日10万個減るという事になっているが、絶対数が140億個と膨大なものだから10億や20億減ってもそれがどうしたと言う話で、記憶とか計算なんてのは何時でも機械に変えられるから問題はない。むしろ脳ならではの最大の機能は、物の本質を見抜き、大局を捉えるところだ。この様な機能は、年来の蓄積を基に、老年期に初めて開花し得るーこれこそ老年期の目標だ。世の法則がわかった思いに魂を揺さぶられ、自分の存在価値に感動し、人生の目標に意欲がわく。七十歳を過ぎ、こう云う素晴らしい体験が何度かあって更に老いるのが楽しくなる。

◆こんな生き方がボケの発生を遅らせる可能性がある。但しまだ学問的には確実ではないとしている。然しこの論法もかなり個人差のあることで、横丁の御隠居が浮かび上ってくる。

◆さて、どんな生き方が開花をもたらすかは、魂を揺さぶられる個人的体験が基本と云う事だから、日常の精進と勉強努力以外、何も浮かんでこない。長生きも大変な事である。
ー朝日新聞現代養生訓よりー

(平成9年5月25日)