時空を超えてー木々高太郎の雑記ー50 夏の医者は腹に悪い。
◆大好きなちしゃのおしたしで食当たりしたとっつあんは、えらく苦しんで寝込んでしまう。太郎作は山を越えて隣村まで医者を迎えに行くことになる。やっと医者を連れて帰ってくる山の中で、突然、うわばみに飲み込まれてしまう。二人は腹の中で薬箱から下し薬を出して、畑の種まきよろしく蒔くのである。やがてうわばみの下痢と共に外へ出てくるが、薬箱を腹の中へ忘れて来た事に気が付く。もう一度うわばみに飲まれ様とするが、夏の医者は腹に悪いと逃げられると云う。桂枝雀お得意の落語「夏の医者」である。
◆私も十日程前から扁桃腺がはれぼったく、耳が痛いので耳下腺炎か風邪かなと思っていたのだがやけに湿疹が出てきたので、昔から心安いクリニックと称する今式のモダンな病院屁行ってみた。先生私の体を一目見るなり「何や、ヘルペスやんか、もっと早よこなあかんが」…。
◆ここで笑いをぐっとこらえた。先程の落語の枕でも、お医者さんには藪医者とか藪の手前の雀医者とがあり「之は手遅れや、なんでもっと早よ連れてこんかったんや」と云うが、ここでは手遅れと云うのは大変大事な見立てだというのがみそである。
◆だが患者の私は人が悪い。「発疹してからええと二日目かな、三日目かな」と考えている。治療は専ら看護婦さんである。治療室に入って驚いた。この暑いのに風邪引の患者がベッドに並んで点滴を受けている。
◆今年は夏の到来が早く猛暑で、夏日が十二日も続いている。私の家なんぞ昼も夜も三十度を越えていて、余り考えないことにして氷枕で寝ているのである。
◆昨夜の遅いラジオ放送で「短詩型文芸に恵まれた国」と云う文化講演会の録音が流れていた。早稲田大学の名誉教授照岡先生である。日本程、言葉が文芸的な国は無いとの事である。短詩とは少ない言葉で詩が出来上がっていく。五七五調の俳句、川柳、和歌、現在では、演歌なんて楽しいのとは違いますか「あなたかわりは ないですか よごとさむさが つのります」なんて日本語は七五調に置きかえると素晴らしくリズミカルである。
◆季語は俳句を作る上で一番大事なもので、これが入っていないのは俳句でないのだが、かつて夏の季語であったトマトなんて年中あるし、秋の代表的な草花菊も一年中ある。そして昨今の様に暑くなると南の方の花が花屋さんでは満開である。花屋さんでも名の知らない花がある。
◆この猛暑の中、お医者さんが季節はずれの風邪の患者で満員である。ここでも季語が失われつつある。
(平成10年7月20日)