時空を超えてー春男の雑記ー58 サイレンス スズカ

◆「世に伯楽ありて、然る後に千里の馬有り、千里の馬は常に有れども、伯楽は常に有らず」之は韓昌黎の雑記の初めの一行である。そして、伯楽に見出された馬が、めぐまれた環境で飼育されて、千里を走る名馬となっていくのだから、現在とよく似ている。今は、血統であらかじめ見極め、栗東厩舎
なんて処で、調教師により飼育されて、競走馬に仕立てられて行くのである。

◆十一月初めの日曜日、府中競馬場の天皇賞レースをテレビで見ていた。断トツ一番人気はサイレンススズカ、ゼッケン[1]騎手武豊、明るい栗色の毛並をほれぼれと見ていた。解説者は盛んに「一番人気の逃げ馬の勝利なし」と云うジンクスを繰り返していた。然しこの人気と馬の仕上りの状態から見て、良い処へ行くのではないかと予想していた。

◆レース定刻3時35分、予定通りポンと飛び出したサイレンスは、なんと10馬身もあけ、俗に云う一人旅、のびる毛の足の白さが印象的だった。レース前、武豊騎手は、オーバーペースは覚悟の上と語っていたが、4コース前位で一寸ペースが落ちたのかなと思っていた。どうせ4コースの坂からたたき合いになると面白いと思っていたのだが、その辺の処で後続の郡に包み込まれていった。そしてそれが過ぎ去った後に一頭の馬が立っていたのである。

◆天皇賞の栄冠を手にトラックを廻る馬と、再起不能のけがをした馬が正に何分かの僅かな間に明暗を分けたのである。蛯名騎手のコメント「アクシデントは仕様がない。騎手は皆そう思っている。」に尽きると思う。

◆二年程前に若死にしたナリタブライアンも出来星の様に現れ、賞金を総なめにしたかと思うとアッと云う間に病気で死んでしまった。こうなると昔から云う「無事之名馬」という言葉は光ってくる。即ち、ケガなく無事に長生きする事も名馬の条件であり、これに強運を備えたのも名馬の条件である。伯楽に見出された千里を走る名馬が強運に乗って突っ走ると云う事である。

◆ここに吾々年寄りの嫌いな言葉がある。それは「駿馬も老いれば駄馬」と言うのがある。余り名馬でもない人が年老いて、自分は名馬だと思っているのではないかと思われる人がまま居られる。それは正に悲劇だ・・・。

◆八日の新聞のスポーツ欄に、大阪体育大のエース上原は大リーグのエンゼルスを断り、巨人を逆指名、巨人はドラフト会議で一位指名を予定と出ていた。上原は東海大仰星高校ではセンターで控え投手、甲子園出場はなく大体大で頭角を表した名馬である。此処では確に伯楽がいたのである。ここに紙面を借りて阪神の伯楽野村氏にエールを送りたい。

(平成10年11月20日)