時空を超えてー春男の雑記ー127 携帯電話
◆六日の菖蒲十日の菊ではないが、随分と遅ればせ乍ら携帯電話を持つ羽目となり、カタカナ名前の何か判からない電話屋へ行った。年寄りの長思案をしていたら、店員が「皆さん半年位で買い替える人が多いですよ。先ず使って見て、具合が悪けりゃ買い替えられたらどうですか。それにその品物は無料で手続きの手数料二千五百円だけで結構です。代金は来月の手数料と一緒に頂きます」と言う。これ以上嬉しい話はない条件である。
◆それでは余りいろんな機能の無い、簡単で、液晶画面の良く見えるのを言ったのが間違いの元であった。マニュアルを見てみるとカタカナ英語の訳の分からない言葉の羅列である。日進月歩新カタカナ英語辞典を見ても分からない。一部のこう言う仕事に携わる人達の共通の用語なのだ。
◆かつてインターネットに皆さんが取り組み始めた時、四つ橋の福本さんが「マニュアルが絶対に読んだらあきまへんで、ややこしゅうていやになりまっせ」と言っていたがその通りである。本当にそこには自分達だけの世界が出来ていて中途から飛び込んでもさっぱり分からない。人に聞いても会社が違うと仕組みが違うので分からないと言う。みんな必要最小限度だけ止めていて、電車の中などでずーっとメールのやり取りをしている。若い人だけの世界の様だ。
◆結局誰に聞いても駄目なので、仕方なく自分で十月初めの三連休を潰して電話帳なる物を作り、着信メロディーも鳴るようにした。この電話帳を作るのでも、新しい機器であれば二手位で名前が入るのだが、私のタダのは七手位押さないと名前を押す処までいかない。古い機種はかえって複雑と言う事である。
◆一向一揆における大坂石山本願寺の戦いで、織田信長軍は随分と門徒との戦いのてこずった。彼等のテーゼは、進者往生極楽、退者無間地獄の旗を押し立ててかかって来るのだから、流石の信長軍もどうにもならず、この方面の担当者は信長から追放されている。仏と極楽往生の証文を交わして生命を捨ててかかってくる人間と、南北朝以来武士は一所(自分の所属)を守る為に生命をかけるのだと言う武士とは喧嘩にならない。
◆それはとも角これは五百年以上前の話だが、この度のアフガンの戦争の相手の一統もこれなのだからかなわない。自爆して死んでも神のもとで極楽の生活が約束されているし、又自分の母親も呼び寄せて神様に引き合わせ極楽で楽しく一緒に暮らせると言うのだからまあ大変だ。余り近寄らない方が良いのだがそうもいかない様だ。
◆日本人の感覚では、許し合えるのが宗教であると言う思いが強く、夫々の宗教同士で余り喧嘩等はしない。中国の江沢民氏等は神道はお好きではないらしいが、神道ほど大らかでご都合主義な宗教はない様に思う。が、アフガン国防省の「アメリカの飛行機は高い所を飛ぶのでこっちは手が届かないだけで、怖い事もなんともない」とは勇ましい話である。
(平成13年11月5日)

