時空を超えてー木々高太郎の雑記ー⑲サックス吹きは語る

◆吹奏楽器は木管楽器と金管楽器に大別される。クラリネット、オーボエ等の木管楽器は大抵、芦で出来たリードを付けて吹くが、金管楽器になると自分の唇を振動さすことによって音を出す。だから元手要らずで、生まれつき持っている自分の付属品を有効に使っている訳だが、無料(ただ)程高い物はなく、えらい落とし穴があるのだ。

◆唇を使う金管楽器、特にトランペット当の場合、ハイ・ノート(高い音)をひんぱんに使うと、唇が疲れてしまって音が出なくなると言う現象がおこる。プロの人達はこれを専門用語でオルガ〇ムスがやって来たという。いわゆるひとつの唇がデッドになった状態を言うんであるーてな事を言って楽しんでいる。

◆なった人こそ災難で、大体デッドになる人は、真面目で一生懸命やる人がなる様で、本人もアッアッと思った時はお終い、息は口を通らないで鼻から出入する。音は鳴らず、鼻息のスース―と言う音が隣から聞こえてきたら可笑しくてやってられない。音楽とは楽しいものである。

◆「ハイノートを出す為には唇をすぼめ、尻の穴をすぼめ、腹筋を使い、唇の真ん中あたりだけを振動させるのだが、余り連続してハイノートを出していると急に限界がきて、口が横一文字になったまま締らなくなる」・・・中々こまかい観察である。

◆「これを他人から見るともうア〇メ状態、トッランペット吹きのオルガ〇ムスなんである。こうなるともうピッチなんかいい加減になってちゃんと決まらなくなる。こう云う状態を専門家は「みなし子ピッチ」と呼んでいるが、この現象は金管奏者にのみ訪れるのであって、我々木管奏者にはそんな下品な現象が訪れることはないので、そこんとこよろしく・・・」サックス奏者中村誠一氏ならではのプロの書いた見事なエッセイである。

◆なんてたって人が失敗する程面白くて可笑しいものはない。大阪に馴染みの深い山田和男さんと云うオーケストラ指揮者の話。

◆ステージは、オーケストラの指揮者の入場を待っていた。やがて万雷の拍手に迎えられ、山田先生颯爽と登場、客席に向かってニッコリとほほ笑むと指揮台に威勢よく飛び乗ったと思いきや、向う脛をいやという程指揮台にぶっつけて、ケンケンしながら楽屋に帰られた。

◆厚生年金会館でジャズの演奏中に、あるサックス奏者がボヤーとして一瞬どこを演っているかわからなくなった。側で弾いているピアニストに小さな声で「今どこ?今どこ?」と聞くと、ピアニストも小さな声で「今厚生年金、今厚生年金」と答えたと言うのだが、皆さん真面目で良いですね。「サックス吹きに語らせる。中村誠一」より。

(平成9年5月15日)